映画「世界で一番ゴッホを描いた男」と、それからのこと、これからのこと

中国の深圳市大芬にある油画村は、
複製画制作で世界の半分以上のシェアを誇る
油絵の街です。

その街で、趙小勇(チャオ・シャオヨン)さんは、
20年以上にわたってゴッホの複製画を
制作してきました。
「複製」や「コピー」という言葉から連想する
不誠実なイメージに相反し、
趙さんは、「ゴッホに近づきたい」という
一途な想いを抱きながら複製画を制作します。

そんな趙さんには、アムステルダムの
ゴッホ美術館へ行き、本物のゴッホの絵を
見るという夢がありました。
その思いは日を追うごとに募り、
ついに趙さんはアムステルダムを訪れます。
そして、本物のゴッホの絵を見た趙さんは、
帰国後、大きな決断をするのです。

この趙さんの物語を捉えたドキュメンタリー映画
「世界で一番ゴッホを描いた男」は、
2016年にアムステルダムの映画祭にて公開され、
2018年10月からは、日本でも公開されています。

ゴッホに一途な想いを寄せ
よりよい複製画を制作しようと努める趙さんは、
自身ともまっすぐに向き合い、
だからこそ葛藤もする。
その姿に、わたしは心を動かされました。
映画のその後、趙さんは元気にしているのか、
帰国後の決断は一体どうなっているのか
知りたいと思いました。

そこでTSUMUGIに、
趙さんの近況が知れるような、
趙さんに会いに来れるような場所を
つくりたいと、油画村の趙さんのお店へ
お願いに行ってきました。
その時の、趙さんとの
たのしかったおしゃべりをお届けします。
映画を観た方にはもちろん、
観ていない方にも読んでいただきたいです。
全3回、編集担当は深谷です。


プロフィールサンプル画像
趙小勇(チャオ・シャオヨン)

1972年、中国湖南省邵陽出身。1996年から、大芬油画村でゴッホの油絵の複製画を制作する。2013年にアムステルダムで本物のゴッホの油絵を観たことをきっかけに、自身もオリジナル作品を描いて生きていこうと決意する。
この趙さんの物語を中心とした映画「世界で一番ゴッホを描いた男」は、2016年にアムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭で初公開された。日本では、2017年11月に、NHK「BS世界のドキュメンタリー」にて同映画の短縮版が放送、2018年10月から全国の映画館で順次公開、2019年5月にDVDが発売された。


2.頑張る理由

――
本物のゴッホの絵を観たことで、今まで以上に努力するようになったとおっしゃいましたが、それ以前、つまり映画の中でも、複製画制作にまっすぐ向き合う趙さんの姿が印象的でした。

趙さん
複製画の制作を始めたばかりの頃は、それがゴッホの絵だってことすら知らずに描いてたんですけどね(笑)。

――
えー!

趙さん
ひまわりだったら、ただひまわりの絵って思って描いていました(笑)。

写真サンプル

――
そうだったんですか!ずっとゴッホへの熱い思いがあったわけではなく。
そもそも趙さんは、なぜ絵にかかわるようになったんですか。

趙さん
それは、父と二番目の兄の影響ですね。父は国営工場の責任者として働いていたんですが、趣味で絵を描いていました。二番目の兄は、古郷では、絵を描く人として結構知られています。なので、幼いころから、家族が絵を描いているのを見ていましたし、自分も絵を描くのが好きだったんです。

――
なるほど、ご家族の影響なんですね。子供のころの趙さんは、どんな絵を描いていたんですか。

趙さん
花とか草とか馬とか、まあ男の子だから、剣とかピストルとか。そういうものを、鉛筆で描いたり、たまに色をつけたりしてました。小学校一年生の時に、先生が、「あなたは他の教科は普通くらいだけど、絵はとても上手ね」ってほめてくれて、それがすごく励みになって、ずっと絵が好きなまま成長しましたね。

写真サンプル

――
そうでしたか。そして大人になり、大芬で複製画の制作を始められたと。
ひまわりがゴッホの絵だと知らなかったところから始めて、映画にあったように、ゴッホへ近づきたいと思うようになるまでに、何があったのでしょうか。

趙さん
ゴッホの複製画の制作を始めて一年経ったころに、「ゴッホ伝」という白黒の映画を観て、そこで、ゴッホという人物に興味を持ったんです。

――
人物そのものに興味を持った。

趙さん
はい。それからは、ゴッホに関する本をたくさん買って読みましたね。複製画を描いて、ちょっとお金ができると、ゴッホの本を買って読んでって感じでした。

――
そんな風にしてゴッホに興味を持っていったんですね。

趙さん
今、そこで娘が手本にしてるのも、その時に買った本じゃないかな。

写真サンプル

――
おお!趙さんが使っていたものを、今はお嬢さんが!

趙さん
この本は、持ってる本の中でも一番高くて、印刷がいいんです(笑)。

――
(笑)、本にもいろいろあるんですね。
じゃあ、複製画制作に対する、趙さんの誠実さや厳しさは、ゴッホへの尊敬から来るのでしょうか。

趙さん
うーん。
理由はいくつかありますが、一つは、経済的なもの。複製画は、より似れば似るほど高く売れるので。

深谷
ああ、なるほど。

趙さん
もう一つは、模写をする者として、できるだけ本物に近づけるというのは、常に目標ですよね。

――
そういう目標を立てると、ゴッホとも、自分自身とも本気で向き合わなければいけなくなるし、だからこそ葛藤することとか、ツライこととかあると思うんです。それでも趙さんが頑張れるのは、なんでなんだろうって。

趙さん
それは、みなさんが、本当に似ている複製画のほうがよろこんでくれるから。本物のゴッホの絵を手元に置くことなんてできないけど、それでもゴッホの絵が欲しいという人はいる。そういう人は、なんとなく似ている複製画よりも、本当に似ている複製画のほうがうれしいじゃないですか。だから、自分に対する要求を上げているんです。

写真サンプル

――
ああ、そこへの思いがあるから、頑張れるんですね。

趙さん
アムステルダムに行ったとき、ゴッホ美術館の隣の店で、わたしが描いたゴッホの複製画が売られていたんです。世界各地の人が、本物のゴッホを観た後にそこへ行って、列に並んで、わたしが描いた複製画を買ってくれる。記念品として、世界各地に持ち帰って、それを楽しんでくれる。これは、画家としてとてもうれしいことなんです。自分が描いたものを、世界各地の人が楽しんでくれる、それがすごくうれしいんです。

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(つづきます)